谷川流「涼宮ハルヒの分裂」についての韜晦メモ

「分裂」を読んでから1年以上が経ち、そろそろ印象が薄れてきたので、個人的なメモを残しておくことにしました。

シャミセンの言及で始まるのは「分裂」が初めてで、意味があるのかもしれないと、これまでの巻を読み直してみました。その結果、シャミセンが起の段階で言及されるときは、その話でのシャミセンの役割に関係する記述になっているのが常でした。なるほどねぇ。それはともかく、「分裂」には海辺の古代都市の名前の分厚い長編ハードカバー SF へのオマージュを感じました。シェイクスピアテンペスト」にブラウンニング<キャリバンのセテボス観>を対比させるところ(446ページ)に。世界を平穏にするには神に反旗を翻すしかないとアンドロマケ(542ページ)のような主張に。世界の終わりの妄想が、空から落ちてくるものに偏っている(738ページ)ところに。12人というチョイ役の数字(733ページ)に。ゼウスの喉の奥でくつくつと笑う(582ページ)様子に!

分裂しているつながりで、消失長門のように性格が違っているノゾミが出てくる青春ミステリも下敷きにしているみたいです。ノゾミの親戚のしゃべりかたがゆっくりで捉えどころがないフミカ(105ページ)を思わせる娘もなんとなく登場しているような。二人称が「キミ」の「サ、サキさん」(58ページ)の推理好き、おせっかい、二輪車二人乗りイベント(205ページ)と、男女関係に関するデリカシーのないセリフ(196ページ)を受け継いでいる人も登場するようです。そういえば同じ作者の甘い物ミステリに「ぼく」探偵が登場し、自覚的に枠をはめていて、説明好きなところが同じだなと思ってそっちを読み直してみると、この方も春に喉の奥でくくっと笑いをくぐもらせていました(238ページ)。マッシュアップの素材は「サ、サキさん」だけではなさそうです。他の作者さんの小説からは、≪赤い靴症候群≫(2008年版154ページ)の僕探偵を思い出してニヤリとしてみたり。他にも、初対面に近い相手にいきなり「7のかけ算が不得意のようね。今、最後の桁だけ時間がかかったわ」(11ページ)と指摘する男の子言葉と女の子言葉を口にする公理論的集合論の現人神さまが思い浮かんだものです。

そういえば、分厚い SF の<彼>(619ページ)の表記から、SF幻想ホラー短編の異世界からやってきた機械<彼>(222ページ)が思い浮かんだものです。なぜか「分裂」には<彼>の相方のようにカタカナ表記のゴメンナサイを重ねる娘(230ページ)がいます。<彼>の行動と分解の様子を受け継いでいるのは「憂鬱」と「陰謀」ではインターフェースでした。ゴメンナサイ娘で異世界からの機械が来ていることを表しているのでしょうか。う〜ん。でも、ゴメンナサイ娘が電話をかけてくる方には、普通に長門有希がいます。どういうことでしょう。

ただ、あのゴメンナサイは随分と軽い感じがします。しかも電話の通話。それで思い浮かぶもう一つのゴメンナサイ娘は、夏の携帯電話のメール(34ページ)と夜の電話(122ページ)の地図好きボブカット娘です。この娘はセリフでは団長と同様にらしくない「ごめんね」、メールでは「ごめんなさい」。ひらがな表記ですけど。それに、「分裂」のゴメンナサイ娘は、電話でリンゴ飴の素晴らしさを熱く語ったりはしないけど、人を食った感じの通話は似ています。正統ゴメンナサイ娘にしても、人を食ったごめんなさい娘にしても、ハルヒ・シリーズに関連付けるとインターフェースに繋がるみたいだというのは同じみたいです。でも、どういうこと?

話は変わりますが、土曜日の晩の通話の古泉一樹の語るニュアンスはほぼ同じなのと対比的に、月曜日と土曜日の長門有希の語るニュアンスが異なりすぎるのが気になります。あれではまるで電話の長門有希キョンに会ってこいと背中を押しているようなものです。おまけに日曜日に絶妙のタイミングでキョンの腰を折るアルバイターが登場しますし、≪赤い靴症候群≫の名前に神が入っている登場人物のように腕を握り締められていますし(330ページ)、なんだか誘拐犯のバックで暗躍しているのは思念体なのではないかという疑念が浮かんで仕方ありません。同じ席で欣喜雀躍(345ページ)と口にする人もいるので、ミスディレクションなのかもしれませんけど。

古泉一樹長門有希が熱を出しているのは吹雪の山荘のときと同じだと断言していますが、真相はどうなのでしょう。フミカがノゾミにやらかしたことがらという余計な知識があると、古泉一樹の断言を受け入れてしまいそうですけど、フミカはフミカ。別の物語の別のキャラクターですから先入観をもつのはいけません。しかも、部室に長門有希が残した小説から勘ぐるなら、電話の通話の相手が長門有希であると無条件に信用したらいけないのかもしれません(2002年版198ページ)。そういえば、この小説は3月に早川書房から復刊していますね。いいことです。

気になる箇所といえば、もう一つ。座敷童の正体は何なのでしょうか。こっそりと入団希望者の中に気配を消してまぎれこむことができるのは、今のところ宇宙的存在しかいません。喜緑江美里のどちらかか長門有希のもう一方の方か。うんと薄い線で朝倉涼子キョンが宇宙人として明言するのは他にはいませんので、このうちの誰かなのでしょう。さて、他にヒントは? うむ。さっぱりわかりません。「驚愕」が出るまで、ときどき思い出して考えてみるぐらいのことはした方がいいのか。それにしても、キョンが気になっている娘は、えりかっぽいのですが、それなら兄貴に思い当たって良さそうです。えりかのような設定ではないということなのでしょう。

それよりも何よりも、ハルヒの黄色カチャーシャがイラストだけでなく本文でもトレードマークになったのは大きな進歩だと思いました。まったくもって勝手な妄想ですけど、あれは単位行列ミステリで始まるシリーズでロングな神にレモン色のカチャーシャ(424ページ)な見た目美少女が次々と事件に遭遇することにあやかって、ハルヒなりの願掛けしているのかなと考えたこともありました。見た目美少女とフランソワ(2008年版10ページ)の愉快な親睦のように、ハルヒも僕の人とどこかで会っていて、それでハルヒが何かを思い出そうとしている仕草をしているのかなと妄想するのも楽しいものです。