米澤穂信「インシテミル」

ビニ本と化した米澤穂信インシテミル」が目に入りました。場所は横浜駅西口のダイヤモンド地下街の有隣堂のミステリ単行本の平積み棚。
そうか。内容から判断されて、この書は青少年に悪影響を与える有害図書についに指定されたのかもな。横浜市プロ市民には4ページの警告は効かないのかぁ。仕事が早くて怖いね。
とっさにそう考えたのですが、さにあらず。
サイン入り本のテロップに気がつきます。それでビニールで保護しているというわけですか。納得しました。
それにしても。しまった。こんなの売るとわかっていれば買い控えたのに。くそ。なんてこったい。
もしも著者の熱狂的なファンならば、サイン本も躊躇なく買い足して、サインなしの方を手にして読むのでしょうけど。買わないでいいものは買わない。買わなければならないものは値切る。そんな信条の私の判断はおしてしるべし。

インシテミル

インシテミル

インシテミル」は、米澤穂信様の小説にしてはめずらしく、登場人物の何人かが登場人物の目の前で血を流し棺桶に入っていただいております。そんな状況下にもかかわらず、全編が軽妙かつ軽薄な文体で貫かれているのは、あくまでもミステリであり、けっしてサスペンスではなく、ホラーでもないのであるぞよというサービス精神の現れでありましょうか。おかげで、探偵役に先立って読者は心置きなく謎解きに参加できる趣向になっています。
なお、このミステリは一人称で記述されているにもかかわらず、主語が主人公の名前の見かけ上の三人称になっています。読んでいくと、まるで推理モノのビデオゲームをやっているかのような感覚になるのは、この文体のためでしょう。4ページの警告から邪推するに「嫌だな。例え人殺しが容認されようとも、これは推理ゲームですよ。ゲーム。シャレをわかってくださらないと困りますね」という心情の発露でございましょうか。なので、書生の社会派ぶって、こういう小説が登場する現代の社会心理がウンヌンなどと書き散らすのは野暮というものでありましょう。もしも古代ローマ奴隷制度で貴族がミステリ趣味をもっていたならばとか、ついつい考えてしまうものなのですが、やっぱり書くのは止めておきます。